転法輪寺
国の登録有形文化財に登録された本堂
転法輪寺は、寺伝によれば承和年間(834~848)に慈覚大師が開いたと伝えられる天台宗の寺院で、天禄2(971)年に空也上人がこの地に立ち寄り、翌年、この地で亡くなったと伝えられています。時の円融天皇は上人の功徳のために精舎一宇を建立し、空也上人像を祀るお堂でしたが、後に転法輪寺の本堂とし、平成22年国の登録有形文化財として登録されました。空也上人は、醍醐天皇の皇子とされています。
化け猫おふじ
転法輪寺の入口には、猫の彫刻が飾られています。なぜ猫の彫刻があるのか、今回はその由来でもある伝説をご紹介します。
むかし、転法輪寺では1匹の飼い猫がいました。猫は「おふじ」と名付けられ和尚さんにとてもかわいがられていました。
ある夜のこと、夜遅くなってお寺に帰ってきた和尚さんが着替えようとしたところ、たたんでおいた着物の裾が少しぬれていました。その数日後もまた同じことがあり和尚が不思議に思っていると、ある夜おふじを呼ぶ声が・・。
和尚さんがその様子をこっそりとのぞいてみると、おふじは別の猫に踊りに誘われ、後日、一向が平に踊りに出かける約束をしているところでした。
約束の日の夜、和尚は法事先から寺へ帰らず、そのまま一向が平に行き何が起こるのか固唾をのんで見守っていました。するとあちこちの谷から、たくさんの猫が出てきて輪になって踊り始めたのです。おふじも和尚の着物を着て踊っています。そう着物は夜露で濡れていたのです。
翌朝、可愛がっていたおふじが化け猫だったことを知った和尚さんは、おふじに餌をやりながら、寺を出て行くよう別れを告げました。
それから10年以上後、遠く県東部八頭郡のお金持ちの家で葬式があり、和尚さんはそこへ呼ばれることに。
あまりに遠くからの迎えだったことに和尚さんが事情をたずねると、「葬式を出そうとしたときに、急に嵐になった。次の日も、その次の日も嵐になって困っていた。そこへ占い師が現れ、伯耆の別宮にある転法輪寺の和尚さんを呼んで、拝んでもらえばよいと教えられた。」と。
気の毒に思った和尚さんは、迎えの籠に乗り駆けつけました。和尚さんが拝み始めると、なんと嵐はたちどころにやんでしまったのです。そうするうちに、猫のおふじが和尚さんだけに見えるよう現れ、昔お世話になったお礼をするために占い師に化けて仕組んだことだと告げました。
そして、お経が終わると空はからりと晴れ上がり、葬式も無事終えることが出来ました。この話が、あちこちで評判になり、転法輪寺は人々に知られて栄えたということです。
転法輪寺の大イチョウ
本堂の右手東方約15mのところに立つ雄木の大イチョウ。胸高直径約1.6m、枝張りは東西約20m、南北約22m。樹高は約27m。かつて台風で大枝を折損していますが、樹勢は大変よく、地元では、秋このイチョウの落葉が終ると初雪が降ることから、季節を知らせる木として親しまれています。
アクセス
鳥取県東伯郡琴浦町別宮